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「消費者天国、供給者地獄」時代の、文系人間の価値って何?[computer]

2005-04-14

http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=524

ただ、一人のエース開発者が自分でサービスを企画して、
世界中の人に使ってもらうようにすることができる時代に、
開発ができない人間が初期の新規事業に本当に意味のある
人材になることはできるのか?
そのためにはどういうスキルが必要なのか?

エース開発者が一人で全部やるというのは、たしかに
今はできるようになった。
でも「比較優位」という考え方があって、
エース開発者が全部なにからなにまでやる、ってのは、
やっぱり交易するよりは効率が悪いわけですよ。
世界はゼロサムじゃないと思うし。

というので納得できればわりと心が軽くなると思うんだけど、
鬱病系になってしまうような真面目な人は、全部やんなきゃ、
と思ってしまうんだろなあ。

ちなみにうまく交易するためにもコストが必要で、
その辺は今のところ文系(と呼ばれてる人)のほうが
コストが低いのでその辺で存在価値はまだまだあると思う。

トレード、が救いのキーワードかしら。
そういう宗教作ったら儲かるかな?

補足)
比較優位という考え方には当然多数の反論はある。
それに比較優位は経済学的には古典論的な考え方である、
生産するものは全部消費される、という仮設との
相性が良いものだったりする。
なので消費者が強くて、供給過剰が発生しまくっている、
今日的な社会の現状には多分そのままではマッチしない。
でもね、こういう理屈付けは、どうにもならない鬱状態への
処方箋としてわりと有効なんじゃないかと思うのよ。
宗教って言ったのは、そういう意味ね。
鬱よりポジティブシンキングでしょ、やっぱり。

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