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「持たざる国」の教訓を学ばない日本 - ネトウヨなど都知事選で明らかになった民主主義国家破綻の兆し[コラム]

2014-02-27

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140219/259988/

思想史研究者の片山杜秀氏は、著書『未完のファシズム「持たざる国」日本の運命』で、
第1次大戦を目の当たりにした日本は、20世紀の戦争は国家が科学と生産力を結集させた
総力戦となることを理解したからこそ「持たざる国」としての限界を強烈なまでに痛感し、
この認識が「持てる国」とのギャップを埋めるべく信じがたい精神論の台頭を招いたと解き明かした——。
これまでの「日本は日露戦争の勝利におごったがゆえに第2次大戦で惨敗するに至った」
との通説を覆す異説で、以来、注目を集めている。


これはあるんだろうなあ。
偉い立場にいる人は、一般人と見える景色が違うので、そもそも判断材料が違うのよね。
でも、より良い判断材料があったとしても、決断結果が正しくなるとは限らなかったりもする。
第2次大戦は、国力を増強させないと酷いことになる、と判断した偉い人が、
経済政策を頑張ってやって、でも間違ってやっちゃって、それをカバーするために、
戦争と精神論をセットでやらなきゃいけなかったんじゃないかと思ってる。

そもそも日本が原発を推進することになったのは、「持たざる国」であるがゆえの選択でした。
しかし、これは大変に無理な背伸びだったのではないでしょうか。


これも、なんとしても原子力を持たないと、酷いことになっちゃう、と判断した人が、
頑張って、間違っちゃったんだろうなあ。

それがここへ来ていよいよ、国民すべての面倒を見られなくなる将来がリアルになってきている。
それだけに、「同じ日本人じゃないか」ということを言う必要が出てきて、靖国神社なり、
美しい日本とか道徳とか日本の伝統や精神を大事にしましょう、と強調し始めた。
今日も国会中継を見ていると、そんな質疑応答ばかりです。

これらは、お金をなるべくかけないで、国民をまとめて国民国家を持続させようという
切羽詰まった努力の表れと私は感じます。
放っておいても日本に生まれてよかったと、みんなが内心思っているのが一番いいわけで。
上から言わなくてはいけなくなるのは何か厳しいところがあるせいだと考えます。


こういう国民国家的手法を取らなきゃいけなくなってきてる、
っていうのは、偉い人から見る景色が相当酷いものになってる、
ってことなんじゃないかと。

歴史は学んでおいたほうが良いと思われる。
とりあえずこのへんとかか?

Wikipedia - 国民国家

それと、政治家が何を考えてるか、ってのは、マックス・ヴェーバーあたりを
引用いとくと良いのかな。

Wikipedia - 職業としての政治

この人(この団体)はなぜ、こういう行動するのか、ってのを深く考えると、
いろいろなことが想像できるようになる。
それが幸せなことか不幸なことかはわからないけど、考えるのは面白い行為だと思うよ。

つまり、専門家でさえも分からないことが多すぎる。
ましてや一般国民に判断しろと言っても難しすぎる。
そうした問題ばかりが国家の行方にとっての大テーマとして、
国民的決定を求められる時代になっている。
おまけにネット時代で基本的には情報過多ですよ。
そこで何が起きるか。
人々は、総合的判断を放棄して、自分に都合のいい情報しか拾わなくなるのです。
反原発の人は反原発の情報だけを検索して見るし、逆も同じ。


最近のオリンピックでの報道とか反応を見るとなんか酷いよねえ。
見ない、という勇気も必要だと思うんだ。
気分が悪くなるものには近づかないほうが良いと思うし。

どこから切っても近代国家はかなり破綻してきていると思います。
これが一番、怖いことですね。
大勢がとてつもなく反理性的になって、勢いで暴走して国が潰れてしまう。
そういうことが20世紀前半並みに起きやすくなっていると思うのです。
常に懐疑的であること。性急に正解を求めず、うまい話を信じないこと。
当分はこの姿勢で行くしかないでしょう。


マイノリティにやさしい社会を実現しよう、多様性は大事だよ、
という姿勢で、みんなでマイノリティになるのが楽しいのかな、
っていう気がしてたりもする。
まあ理想論だけどね。

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